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      <title>2023フランス語圏言語文化演習１ by Mayo Oyama</title>
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      <description>Culture: succes et revers d&#39;une notion</description>
      <language>en-us</language>
      <pubDate>2023-05-18 01:22:45 UTC</pubDate>
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         <title></title>
         <author>a21la132</author>
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         <description><![CDATA[<div>文化を同一性をもち安定しているものとする考え方は無駄で危険だ。社会と個人は複合的で同一なものとして捉えることはできず、また社会は常に流動的に進化しているからである。社会の中の多文化的な個人は互いに刺激を与え合っており、文化の概念は「相互的で不安定なもの」として捉えていくべきである。</div>]]></description>
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         <pubDate>2023-05-18 02:11:33 UTC</pubDate>
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         <author></author>
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         <description><![CDATA[<div>文化という言葉は受け入れられていたのに、20世紀から疑いの時代に入った。　<br>文化は入念に作り続けられる。<br>人類学者が文化という言葉を難しいと捉えたから、この言葉を使うのが難しくなった。<br>文化という言葉は人間の世界が機能する方法を説明する便利な言葉だ。<br>文化という言葉によって解像度が下がり、、？社会的事実も還元される。<br>このように不信感いっぱいだが、政治やメディアの人々に使われている。<br><br></div>]]></description>
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         <pubDate>2023-05-18 02:18:17 UTC</pubDate>
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         <title>要約</title>
         <author></author>
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         <description><![CDATA[<div>文化という言葉は最初多くの疑いの目を向けられてきた。しかし、文化とは閉鎖的な集団の様なものであり、社会交流の中で作られ続ける形式について考える代わりに、人間へ固まった表象を与えるものである。また、文化は研究者や分析者に文化に代わる新たな言葉を考えさせ、あるいは他の概念を好ませることもある。<br>数年の間で、文化という言葉が疑わしくなり、文化という言葉を使うことが非常に難しくなってしまった。概念は集団や人間の主体を閉鎖的で排他的な所属へと閉じ込めてしまい、また物議を醸すような社会現象の説明として機能している。<br>一方文化主義は、社会的事実を文化的事実へと還元させてしまうリスクを含んでいる。<br>文化という言葉への不信感が残るにもかかわらず、文化という言葉は今でも公の場で使われている。</div>]]></description>
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         <pubDate>2023-05-18 02:18:49 UTC</pubDate>
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         <description><![CDATA[<div>「フランス文化」のような表現の際のcultureという単語の単数形が、その全体性を強調する一方で文化的集団が均質であると思ってはいけない。全ての社会は文化的バリエーションを持ち、全ての文化、特に国有文化は、様々なサブカルチャーの混合物である。歴史学者はフランスに関して、"フランス独自"の文化を分解することが不可欠だと強調する。一方、都市や移民のコミュニティに関心を持つアメリカの社会学者たちは、これらの集団が特定の存在様式を展開することを示したが、それは彼らが住んでいる社会のグローバル文化の共有を妨げないものであった。</div>]]></description>
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         <pubDate>2023-05-18 02:23:12 UTC</pubDate>
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         <title>しかしこの成功にも関わらず、文化という用語は「疑いの時代」に突入した。文化は閉じた集合かつ人間集団の社会的関係の中で、固定された表現を与えうるという危険な考えを含み、現象を巧みに説明するのではなく均質化した視点のなかで固定化してしまう。知識者は文化の概念に代わるものを自問し、「文化のレパートリー」や「アイデンティティ戦略」などを好むようになった。文化の概念は「閉鎖的排他的な帰属図式の中に集団と人間的主体を閉じ込めるという名のもとに批判されてきた」。それは社会的事実の理解を促進し、矛盾した社会問題の説明や婉曲化の方法として機能する。「文化、またはむしろ文化の違いは現在、人間世界の機能の主な説明である。」この概念は、何ことなるのかを説明することを可能にし、文化主義は「社会的事実を文化的事実に還元する」という危険をもっている。この傾向は、安易な解決策であり誤りを先導する可能性がある。これは異なる国籍の従業員の間の対立は、文化的な誤解によるものではなく、単純な言語熟達の欠如、特にそれは外交において対立や拒否を表現しなければならない時や競争から保護されるべきと思われる伝達を従業員が拒否する時に厄介である。　これにも関わらず文化という用語は常に様々な言説の中に、それらを非難する人々の間で多く存在している。これは広く使用され、特に CARAP (2012) で使用されている。したがって、私たちはこの仕業のなかでそれを引き続き利用し、それが対象となる議論について報告を行う。</title>
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         <description><![CDATA[]]></description>
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         <pubDate>2023-05-18 02:41:37 UTC</pubDate>
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         <title>要約</title>
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         <description><![CDATA[<div>文化という言葉は成功しているが大きな犠牲でもある。20世紀に大きなイデオロギーの信頼を失った。そして文化という概念は、気候問題、経済問題、アイデンティティなど社会のすべての表現方法を含むようになる。<br><br>「文化」は表面的なもの(好み、趣味)から包括的なもの(宗教、言語)などまで含む。<br>そして心性、精神、伝統、話し方の概念を疎外し、置き換えた。<br><br>この使用の柔軟性により、不確実と曖昧さを伴うようになった。一方でそれは成功を表している。<br>よってこの単語は、包括的で、一つの複雑な総体である。なので包括的な「集合、全体」という用語で表現されている。<br><br>よって、全ては文化であり、この概念により過小評価された社会習慣(スリラー文化やポップ文化)、また、ライフスタイルを正当化し強化することが可能になった。</div>]]></description>
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         <pubDate>2023-05-18 02:42:16 UTC</pubDate>
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         <description><![CDATA[<div>20年前から文化という単語は疑惑の時代に入った。文化主義の非難は、特定しようとしている現象を均質的な視野の中で固定する。そして研究者や分析者は、文化的事実の歴史を強調する、《文化レパートリー》や《アイデンティティ戦略》などの他の概念を好むようになった。</div><div><br></div><div>教育的な分野では、この単語は疑わしいものになり、ここ数年でこの単語を用いることは難しくなっている。文化の概念は集団や人間主体を閉じこめるために批判されてきた。この概念は社会的事実の均質的な理解を促進し、社会現象の説明や婉曲の手段として機能する。文化は行動を説明する便利な手段になった。文化主義には、社会的事実を文化的事実に還元するリスクがある。</div><div><br></div><div>この傾向は、行動の理解に関して誤解を導き得る。国籍の相違により生まれる対立は単に言語の熟達不足である。</div><div><br></div><div>この疑いにも関わらず、文化という単語は、政治的、メディア、科学的な言説の中で、常に存在する。私たちはこの単語を使用し続け、それを対象とする議論の説明を行う。</div>]]></description>
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         <description><![CDATA[<div>　(前述の文化とは、多様である一方で、何らかの共通性がある、という定義は逆説的である。)文化に何らかの共通性があるという考え方は、アイデンティティを定める必要がないという思想を生み出してしまった。<br>　(文化という概念を更に再定義する際に、)しかしここで逆説的なアプローチをする。そのアプローチとは、文化の違いがなくなった状況を想定して、違いがない際に起こりうる困難は何かという観点から考えるアプローチである。そうすると、文化について考える際は、どのように文化の違いを尊重したり、集団の価値観の違いを尊重したり、その違いを維持するのかということを考える必要があるとわかった。</div><div>　文化的な違いをなくそうとする動機にはまた、早くからあった文化にはヒエラルキーがあるという考え方への危惧がある。しかし、文化的な違いよりも根本的なこと、人類は同胞であるという考え方が必要である。この教訓的な考え方は、分断・分裂の時代や団結を強化することが必要な社会において、支えとなり、同様に基礎となりうる。</div>]]></description>
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         <description><![CDATA[<div>　アイデンティティはアメリカで移民統合問題の説明のために生まれた概念である。それは魅力的であるがその使用には論争的リスクを伴う。フランスでは国家のアイデンティティ論争の中で政治的に利用されていたため、非難されている。<br>　しかし現代の社会でアイデンティティ危機と呼ばれるものは多く存在するため迅速な調査が必要である。その上個人は集団の中に生まれ必ずそこに縁戚を感じる。<br>　文化的アイデンティティはグループへの集団的帰属意識に相当する。また、人のアイデンティティは外部的・客観的、個人的・社　主観的要因と繋がりから作られる。外国に行く時私たちは原住民の目には母国の代表として映る。<br>　私たちは自身を見るのが下手なため外部からの視点が必要だが、この視点は時々ひどく単純化してしまう。</div>]]></description>
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         <pubDate>2023-06-01 04:03:10 UTC</pubDate>
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         <description><![CDATA[<div>　歴史を通じてアイデンティティを定義することを試みた学者は、ヨーロッパ人の中に類似した要素を読み取った。<br>　十字軍や封建制度の設立、教皇制への改革など、ヨーロッパ人の中にはこれらに基づく似通った価値観が存在した。これは、内部の反乱や外国への拡大が起きた後も変わらぬまま存在した価値観であり、これによって自由と安全の権利、思想や意識の自由が守られた。<br>　しかし、国際的なアイデンティティの問題から逃れることはできない。アイデンティティは、出来事以上に操作しやすいものであり、安定性を特徴づけるものだから…？である。<br>　また、地方分権主義や移民が引き起こす現象、多文化的社会が発展することにより損なわれたとしても、ヨーロッパでは国民国家の概念が支配的である。<br>　安定性は、かつて、自己意識の生成や維持に必要不可欠なものであった。これは一般的な共通点の最小のものであり、外側の点に割り当てられる。<br>　個人が分割されることを防ぐためには、そこから逃げずに、分割してしまうという変わらぬ傾向に打ち勝つことが必要である。これはまた、集団にも当てはまることであった。共同体は常に議論されるものだが、統一性を構成する感覚は維持される。<br><br></div>]]></description>
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         <description><![CDATA[<div>グローバル化により、国民の文化的アイデンティティが構築、進化し「国民国家」の比重を弱めることができた。</div><div>そしてそれは新しい概念を生み出すことの役割を果たした。一つの集団の文化的アイデンティティは重要な動的過程である。中では様々な要素が交互に作用し、それは情報の敗退のしやすさ、と再活性化の可能性による。これは19世紀の人民「ガリア人」と貴族の「フランク人」の説明に用いられる。20世紀の21世紀には、ガリア人のアイデンティティが再び活性化した。それはフランス人と移民(アフリカ人)を区別するのに役立っている。<br>したがって社会集団の間の関係を知るためには、誰がどうやって、どの状況でこのアイデンティティを使うかを知る必要が大事だ。<br>アイデンティティは安定的であると同時に変化し、強固であると同時に脆弱だ。そして変化に強く、生存の過程で進化することができる。<br>アイデンティティとは生涯や歴史を通して構築され変化していく物である。そしてアイデンティティの特性を特定することは不可能であり、それは我々に社会がまだ進化して、構築中だからである。<br>アイデンティティという言葉を教えるのはかなり難しい。しかし、「生活空間を自由に行き来すること」ができれば、学習者はその「挿入点と参照点」を知ることができるだろう。</div>]]></description>
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         <description><![CDATA[<div>②<br>植民地時代に開拓者によって要求された国家の個性は整える必要がある。自分が誰なのかを知るのは難しいかもしれないが私たちの時代は違いを探究し、個別の自分だけのアイデンティティを探究する運命にある。</div>]]></description>
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         <description><![CDATA[<div>(4段落目 Si c'est~)</div><div>自分とは異なる他者と対峙することで、自分が何者かを知るのならば、様々な考え方を持った生徒が集まる語学の授業では文化の違いが顕著に現れる。これまでも、ヨーロッパとアジアの教育方法の違いは、教育文化や学習文化のような概念を用いて研究されてきた。しかし、文化の違いは離れた文化に関することだけではない。ヨーロッパ文明と西洋文明に属する国々の間にも重要な文化の違いがあるのだ。</div>]]></description>
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         <description><![CDATA[<div>①<br>啓蒙思想において、人間のその人らしさを作り上げるのは国の社会体制であり、属性を見出すためには視野を広げて他者との違いに気づく必要性が説かれた。</div><div>20世紀においても、国家とは自身を探し続け、他者と対象をなすことでしか存在することは出来ないと語られる。</div><div>他者との違いをなすことがアイデンティティを構築するひとつの手段であり、これは個人間に限らず集団において有効になる。</div>]]></description>
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         <description><![CDATA[<div>アイデンティティを個人に適用し「私は他の人と何も同一でない」とすると、そのような社会が唯一であり他の社会と異なっていることを体験したくなる。ゆっくりとした歴史は、異なる文明領域の区別を可能にする。マルコフェロによると、ヨーロッパの全ての国においておおよそ同様の価値観が見られる。</div><div><br></div><div>集合的アイデンティティの形式である国民アイデンティティの問題は避けられない。なぜなら、たとえその評価が還元的であろうと、個人が理解し評価するのは国籍の《想像》を通じてだからだ。たとえ国民アイデンティティが地域主義、移民現象、多文化社会の発展によって損なわれたとしても、ヨーロッパを支配するのはいつも国民国家の概念である。安定性は、集団が自己の認識を作り上げ維持するために不可欠である。</div><div><br></div><div>個人が分断されることを避けるには、逃げるのではなく、絶え間ない分散の傾向を克服すべきだ。これは集団にとっても当てはまることである。</div>]]></description>
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         <description><![CDATA[<div>日本人は周りに合わせる傾向がある<br>物事をはっきり言わない<br>挨拶の時の距離が遠い（フランスは初対面でもキスする）<br>日本人は最後までちゃんとやり切るイメージ？</div>]]></description>
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         <description><![CDATA[<div>・手先が器用(手を使って細かいものを作る。折り紙、箸の袋で箸置き・折り鶴)</div>]]></description>
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         <description><![CDATA[<div>時間をきっちり守る(5分前集合)<br>お世辞と建前の文化<br>被爆国という意識<br>生物の海鮮を食べる<br>控えめなのが美しい？</div>]]></description>
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         <description><![CDATA[<div>会話の中で、言葉の裏を察し合う。<br>例えば、「行けたら行くわ」という言葉を聞いて、来ない可能性の方が高いなと察する。</div>]]></description>
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         <title>神沢です。</title>
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         <description><![CDATA[<div>徹底的に従順する。<br>最後まで物事をやり切る。台湾人は大雑把な人が多い。<br>自分自身を許さない。自分に厳しい。<br>物事を複雑に考えすぎる。<br>完璧主義。<br>駅にいるとみんな歩くのが速いのでストレスを感じる。<br>実際に台湾に行けば、誰が日本人で、台湾人、韓国人かは一瞬でわかる。<br>髪型、メイク、特に「ファッション」と「歩き方」ですぐに分かる。<br>実際に、自分が日本人であるということが一瞬でバレて絡まれることがたまにある。<br>&lt;余談&gt;<br>有名な観光地に行って、何も喋らずにカメラを持って歩いているだけでよく日本語で話しかけられる。<br>台湾に行く際は、台湾人ぽい格好で行くと楽に観光できる。<br><br></div>]]></description>
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         <title>Constance</title>
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         <description><![CDATA[<div>Je pense que les japonais sont beaucoup moins directs dans leur façon de s’exprimer. C’est parfois difficile de savoir ce qu’ils pensent vraiment alors que les français aiment partager leurs opinions. Il est peut-être plus facile en France d’avoir un débat, d’être flexible et de trancher lorsqu’il s’agit de prendre une décision. Pour les japonais j’ai l’impression qu’il est plus important de ne pas embarrasser ou froisser l’interlocuteur.</div>]]></description>
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         <pubDate>2023-06-22 04:12:03 UTC</pubDate>
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         <description><![CDATA[<div>時間を守る<br>謙虚<br>礼儀正しい<br>空気を読む</div>]]></description>
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         <pubDate>2023-06-28 15:31:08 UTC</pubDate>
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         <description><![CDATA[<div>・原爆に対する当事者意識が強い<br>　唯一被爆した国であり、幼い頃から原爆に対する教育を受けてきている。そのため、原爆に対する拒否意識が高い。<br>・仕事において、常に人との上下関係を図る<br>敬語の使い方が何段階かあって、それを意識して会話をするから。</div>]]></description>
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         <pubDate>2023-06-28 23:03:35 UTC</pubDate>
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         <title>に</title>
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         <description><![CDATA[<div><strong><br></strong><br></div><div><br></div><div>民俗学者と人類学者は「文化と文明」を理解するためにそれぞれの生活における出来事を著作とか映画を通して勉強している。</div><div>1960年〜70年代の何年かの時にBELCの教訓主義者は文明開発記録をLe Français dans le mondeに発表した。FLEの教科書では、一つのテーマに一つのチャプターを実行しておる。例えば、健康、環境、フランス語圏の職業生活がある。</div><div>このテーマは歴史によって変わり、今のところでは、Le Canada français は発表できない。</div><div>文化という言葉は研究者たちによって信用できない言葉だというふうに判断された。</div><div>「ヒューマニズムの多様性」をどう教えるか？</div><div>そのためには文化と文化間の交換を勉強する必要がある。そうすれば、社会の動きを理解できる。</div>]]></description>
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         <pubDate>2023-07-13 03:16:37 UTC</pubDate>
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         <title>①</title>
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         <description><![CDATA[<div>人類学者と社会学者の研究には同じ目的がある。それは個人の行動を理解・分類して様々な人間の集団の定義を可能にする国際的な論理の研究である。私たちは1930〜40 年の中で、人格と社会の関係を問う事を通じてひとつのモデルを探求した民族学と人類学の恩恵を受けている。特定の型の文明には特定の型の人格が相当する。個人の性格の大半は、彼らが住む社会制度の影響によって説明される。また、特定の社会集団における個人の性格の共通分母である基本的な性格が存在する。</div>]]></description>
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         <pubDate>2023-07-13 06:41:52 UTC</pubDate>
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         <description><![CDATA[<div>言語文化の教育には社会学と人類学の概念(例えば表現や態度)を利用する。共有された表現はコミュニティメンバーの態度にインスピレーションを与える。態度とは、行動の方向づけである。｢我々の行動や慣習の総体。人類学という学問の意味でいう人間の全ての行動は文化的実践である。｣として定義されたcultureの人類学的定義は特別扱いされている。しかし、この定義は｢文化の概念を無限に拡張させ、教師は無限の文化的事実に直面することになり、その中から自分の教育状況に適切そうなものを選ぶのは難しい。｣という点で問題がある。教育法の探究に関する研究も人類学やその概念(多様性、同化、民族的性格、複合性)に基づいている。これらの利用、特に、文化的特徴の概念は注意して扱われるべきである。</div>]]></description>
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         <pubDate>2023-07-15 17:21:28 UTC</pubDate>
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         <description><![CDATA[<div>観光客の集団の出身国を、身体的・言語的特徴だけではなく、行動から推察することは比較的容易だ。これはつまり、国民的特徴が存在することを示す。しかし、風刺的な軽率さを抱くような一般化の危険性なしに区別することは可能であるのか。<br>人類学者の研究は、教育の余波であり、ある種の指標をはかる文化である。その文明には個性や魂が備わっていると考えられており、このような研究は少なくとも高度な水準において、この性格の明白な特徴を学ぶことができるように導いている。<br>アメリカの人類学者のほとんど大多数は、文化が事物化されてしまうという危険性に対して敏感であった。文化人類学は、他の分野において、伝統的社会と非産業社会に対する見方の変化を導いて、それらを後ろ向きで劣ったものとして捉えることをやめた。この事実を消すことはできない。<br><br><br><br><br></div>]]></description>
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         <pubDate>2023-07-16 15:57:41 UTC</pubDate>
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         <description><![CDATA[<div>②観光客の集団の出身国を、身体的・言語的特徴だけではなく、行動から推察することは比較的容易だ。これはつまり、国民的特徴が存在することを示す。しかし、風刺的な軽率さを抱くような一般化の危険性なしに区別することは可能であるのか。<br>人類学者の研究は、教育の余波であり、ある種の指標をはかる文化である。その文明には個性や魂が備わっていると考えられており、このような研究は少なくとも高度な水準において、この性格の明白な特徴を学ぶことができるように導いている。<br>アメリカの人類学者のほとんど大多数は、文化が事物化されてしまうという危険性に対して敏感であった。文化人類学は、他の分野において、伝統的社会と非産業社会に対する見方の変化を導いて、それらを後ろ向きで劣ったものとして捉えることをやめた。この事実を消すことはできない。</div>]]></description>
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         <pubDate>2023-07-16 15:58:50 UTC</pubDate>
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         <author>mayooyama</author>
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         <description><![CDATA[<div>didacticien→教訓主義者ではありません。この本のテーマの一つであるdidactique des langues＝言語教育学なので、「言語教育者」というほどの意味です。<br><br></div>]]></description>
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         <pubDate>2023-07-17 00:42:15 UTC</pubDate>
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         <description><![CDATA[<div>1.2段落目</div><div>人類学者や民俗学者がほとんど分化されていない伝統的な社会を研究していたのに対して、社会学者は高度に分化した現代の「大衆」社会に目を向けた。これは、地理的、社会的、職業的、世代的、といった数多くの領域がある。この多様な領域の中で、社会学者は「文化的一貫性」を与えられるような特徴を特定しようとする。つまり、社会学的研究によって人間集団の基本的特徴や文化的特徴を特定し、記述することができるのだ。</div>]]></description>
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         <pubDate>2023-07-17 10:02:27 UTC</pubDate>
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         <description><![CDATA[<div>3.4段落目<br><br>領域とハビタスの間には固い絆があり、社会生活におけるどの分野と部門にも、ハビタスという固有の振る舞いや態度がある。</div><div>社会学者の仕事は、その分野と、それらと一致するハビタス、そして社会の中にある異なる分野間で確立された絆を研究することである。<br>ある社会に固有の教育モデルは、集団に属するメンバーがどこまで共通する性格の特徴を持っているのかについて理解をすることにも同じく役立つ。</div><div>家族や学校の教育システムを研究することは、人格の形式を理解するために決定的なことである。また、政治的かつ経済的な制度のような他の要素は補佐として理解することに役立つ。社会学者にとって社会を研究すること、これは個人を研究することであり、個人の性格、特に心理状態にあって、社会階級や権力、教育システムや家族などに近づく現象の説明として仮定する。</div><div><br><br></div>]]></description>
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         <pubDate>2023-07-19 10:38:59 UTC</pubDate>
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         <title>4.5段落</title>
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         <description><![CDATA[<div>政治や経済機構といった要素に加え、社会の中にある教育モデルは、「ある集団のパーソナリティーにどういう共通点があるのか」ということを理解するのに役立つ。社会学者にとって、社会を研究することは個人を研究することであり、個人の特徴や行動基準を用いて社会現象（階級、権威、家族）を説明できる。つまり、個人は社会のネットワーク構造の中に存在している。</div><div>&nbsp;様々な知識分野（考古学、社会学など）によって文化的特徴は区別されてきた。しかし、その区別がステレオタイプを促進させ、複雑な文化的特徴を単純化してしまうという意味でリスクがある。また、ステレオタイプは外部の観察者の視点によって異なる。つまり、文化的特徴は他者との関係の中で、不安定な方法によって定義されているといえる。</div>]]></description>
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         <pubDate>2023-07-19 13:52:55 UTC</pubDate>
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         <description><![CDATA[<div>アジア人は控えめで内向的である。これは、彼らの出身文化と密接に関係している。教育制度は、物静かで従順なことを良しとするため、社会と同様に集団にも溶け込まなければ優れた学習者とは見なされない。</div><div><br></div><div>フランス人の想像力は2つの文化的特徴から生まれる。それは、闘争心や厳格さといった猛烈な情熱と、明晰な合理性である。この文化的特徴のために、教育研究者は時々、中国人家族やフランス人家族のような文化集団に正面から反対する。</div><div><br></div><div>中国人の家族は結婚の形を取ることで生じるが、フランス人の家族は事実婚や、授かり婚（？）によってさえ生じる。</div><div>研究では、フランスにはいくつかの家族形態があり、フランス領土内では、共同体家族も見られるが、核家族の形態が支配的である。</div><div><br></div><div>このような文化へのアプローチは、文化主義と名付けられた。それは特にフランス語の教育に使用されている。一部の研究は、フランスの教育方法を中国の学生に要求する「中国語学習文化」に疑問を投げかけている。教えることと学ぶことの間のギャップは特に、授業への参加やノートの取り方と関係がある。しかし中国人学生は、フランス人学生にとっては当たり前のノートを取るという概念を持っていない。したがって、そのような概念を取り扱うには注意が必要である。</div>]]></description>
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         <pubDate>2023-07-19 14:23:55 UTC</pubDate>
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         <title>③</title>
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         <description><![CDATA[<div>アメリカの人類学者たちは、文化を事物化することの危険性に敏感である。</div><div>さらに文化的人類学は、かつて未開と呼ばれた社会を、下等で時代遅れであると考えることを止めさせることに貢献した。</div><div>そして人間集団の多様性や独自性を認めるだけでなく、人類という基本的集合体を思い出させる。</div><div>また、身体的特徴で、精神的特徴や人の振る舞い方が決まるというエセ科学の信仰も暴く。</div><div>これらは人々が未開と呼ぶ社会に文化の概念を当てはめることで叶えられる。文化の概念とは、人種の対立や生物学的な選択を起こすことなしに、人間的な多様性について考えることを可能にするのだ。</div>]]></description>
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         <pubDate>2023-07-19 18:00:24 UTC</pubDate>
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